デジタル化・AI導入補助金の賃上げ加点と返還|必須要件・18カ月減点・効果報告まで

目次14章
- 【早見表】申請枠別の賃上げ要件と未達時の返還リスク
- 必須の賃上げ要件と賃上げ加点の違い:申請額150万円が分かれ目
- 通常枠の賃上げ要件:受給歴×申請額の4パターン
- 未達リスクのない賃上げ系加点:最低賃金に関する状況(加点措置①②)
- 過去に「どの枠で」受けたかを先に確認する
- 賃上げ要件が適用されない事業者(医療・介護・福祉・学校)
- 賃上げ未達のペナルティは2種類:返還と18カ月の減点
- 賃上げ未達の返還額はいくら?【公募要領の計算例】
- 返還が免除される場合(業績不振・天災など)
- 効果報告で提出するもの・提出時期
- 賃上げ要件のリスクを抑える5つの対策
- よくある質問
- まとめ:注意すべきは加点より「必須要件」と「報告忘れ」
- 参考(一次情報)
デジタル化・AI導入補助金の賃上げ加点は、達成できなくても補助金の返還にはなりません。返還につながるのは、そもそも自社に課されている必須の賃上げ要件が未達だった場合です。申請前のご相談では、「賃上げで加点を取ると、達成できなかったときに補助金を返さないといけない」という不安をよくうかがいます。公募要領を読むと、賃上げのペナルティは性質のまったく違う2種類に分かれています。
- 必須の賃上げ要件が未達 → 補助金の返還(最大で全額)
- 賃上げ加点だけが未達 → 返還ではなく、18カ月間、中小企業庁が所管する他の補助金で大幅に減点
- 必須要件になるかどうかは、通常枠では申請額150万円のラインと過去の受給歴、インボイス枠では受給歴で決まる
- 未達そのものより、効果報告の未提出・途中辞退・表明の不備のほうが重い結果になりやすい
- 賃上げ系の加点には、申請時点の賃金実績だけで確定し、将来の達成義務がないものも2つある(見落とされがちです)
申請前に、過去にどの枠で・いつ交付決定を受けたかを確認してください。過去の受給歴は、賃上げ要件の重さを変えるだけではありません。インボイス枠では申請できるかどうかそのものを左右します。通常枠でも、2025年の通常枠・複数社連携枠の受給者は、交付決定日から12カ月間の申請可否が左右されます。全体の判定は再申請時の対象外・12カ月制限・減点、本記事内の根拠は過去の受給歴の確認をご覧ください。
当社は登録IT導入支援事業者(申請番号ITP04-0002803)として、通常枠とインボイス枠(インボイス対応類型)の申請サポートを行っています。この記事では、この2枠を中心に、公募要領の原文にもとづいて次を整理します。
- 自社の賃上げ目標が「必須要件」なのか「加点」なのかの見分け方
- 未達だったときに実際に何が起きるか(返還額の計算例つき)
- 返還が免除されるケース
- 効果報告で実際に何を・いつ提出するか
- 未達リスクなしで取れる賃金系加点(最低賃金に関する状況)
- 申請額の決め方でリスクをコントロールする方法
制度全体のおさらいは制度の全体ガイド、締切と手順は申請方法とスケジュールをご覧ください。

【早見表】申請枠別の賃上げ要件と未達時の返還リスク
賃上げが必須要件になる条件と、未達のときの返還リスクは、申請枠によって変わります。まず自社がどの枠で申請するか(申請したか)を確認し、表1で扱いを確かめてください。
表1:申請枠別・賃上げの扱い
表は左右にスクロールできます
| 申請枠 | 賃上げによる加点 | 賃上げが必須要件になる条件 | 未達で返還のリスク |
|---|---|---|---|
| 通常枠(補助額5万円~150万円未満) | あり | 過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けている場合のみ | 受給歴あり→あり/受給歴なし→なし |
| 通常枠(補助額150万円~450万円以下) | あり(+50円の上乗せ分) | 常に必須 | あり |
| インボイス枠(インボイス対応類型) | あり | 過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けている場合のみ(申請額は無関係)。ただし過去がインボイス枠系ならそもそも申請できない | 受給歴あり→あり/受給歴なし→なし |
| インボイス枠(電子取引類型) | あり(事業場内最低賃金+30円以上かつ給与支給総額3%以上。+50円で更に加点) | 過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けている場合のみ(給与支給総額3.5%以上。中小企業・小規模事業者以外は5%以上) | 受給歴あり→あり(期間内未報告も返還対象)/受給歴なし→なし |
| セキュリティ対策推進枠 | あり(加点項目一覧に賃上げ2系統とも記載) | ★ | ★ |
| 複数者連携デジタル化・AI導入枠 | 加点項目一覧に賃上げの記載なし | ★ | ★ |
★ 本記事は、当社が申請サポートを行っている通常枠とインボイス枠(インボイス対応類型)について、公募要領の原文を確認して書いています。電子取引類型は、公募要領で賃上げ関連の規定のみ確認しました。セキュリティ対策推進枠・複数者連携枠の必須要件と返還の規定は、各枠の公募要領をご確認ください。
公式の加点項目一覧では、賃上げ関連の加点は2系統に分かれています。「賃上げの事業計画の策定、従業員への表明、事業計画の達成」(将来の達成が問われるタイプ)と、「最低賃金に関する状況」(申請時点の実績で決まるタイプ)です。どちらも、通常枠・インボイス対応類型・電子取引類型・セキュリティ対策推進枠の4枠に共通で設定されています。後者は未達リスクがない加点なので、後述で詳しく解説します。
次の事業者は、いずれの枠でも賃上げ要件の適用外です(詳細は後述)。保険医療機関・保険薬局、介護サービス事業者、社会福祉事業・更生保護事業を行う事業者、学校教育法に基づく学校等が該当します。
表2:未達だったとき何が起きるか
未達や報告漏れのときに何が起きるかを、ケース別にまとめると次のとおりです。
表は左右にスクロールできます
| 何が起きたか | 補助金の返還 | 他補助金への影響 | 加算金・延滞金 |
|---|---|---|---|
| 必須要件が未達(事業場内最低賃金) | あり(未達年度に応じて全額/2/3/1/3) | — | 含まない |
| 必須要件が未達(給与支給総額) | あり(全額の場合がある) | — | 含まない |
| 加点だけが未達(必須要件は達成) | なし | 18カ月間、中小企業庁所管の補助金で大幅に減点 | — |
| 効果報告を期間内に出さなかった | あり | — | 含まない |
| 効果報告前・判定前に辞退した | 全額 | — | 加算金あり(遅延時は延滞金も) |
| 表明したと申告したのに実際は未表明 | 交付決定の取消し | — | — |
表の下3行は、実務でいちばん見落とされる部分です。未達そのものより、報告忘れ・途中辞退・表明の不備のほうが重い結果になりやすい点を、先に押さえておいてください。以下、それぞれ公募要領の原文で確認します。
必須の賃上げ要件と賃上げ加点の違い:申請額150万円が分かれ目
通常枠では、補助金申請額が150万円以上なら賃上げは必須要件、150万円未満なら加点項目です(過去に交付決定を受けた事業者は150万円未満でも必須要件)。通常枠の公募要領【補足2】は、補助金申請額と賃上げ目標の関係を次のように定めています。
表は左右にスクロールできます
| 補助金申請額 | 補助率 | プロセス数 | 賃上げ目標の扱い |
|---|---|---|---|
| 5万円~150万円未満 | 1/2以内(※) | 1以上 | 加点項目(過去に交付決定を受けた事業者は必須要件) |
| 150万円~450万円以下 | 1/2以内(※) | 4以上 | 必須要件 |
※6次締切(2026年10月30日・受付終了)までは、令和6年10月から令和7年9月までの間で、「当該期間における地域別最低賃金以上~令和7年度改定の地域別最低賃金未満」で雇用している従業員が全従業員の30%以上である月が3か月以上ある場合は2/3以内。7次締切(2026年12月1日)からは、期間が令和7年10月から令和8年9月まで、基準が令和8年度改定の地域別最低賃金未満に変わります。この基準は後述の加点措置①と同一で、該当すれば補助率引上げと加点の両方に働きます。
ここが最初の分岐点です。申請額150万円未満で、かつ過去にIT導入補助金の交付決定を受けていない事業者なら、賃上げは「必須要件」ではなく「加点項目」です。この場合、賃上げ目標を達成できなくても補助金の返還は発生しません。
一方、申請額150万円以上なら賃上げは必須要件です。ここで未達になると返還の対象になります。
なお公募要領には「補助金申請額150万円~450万円以下の申請要件を満たす場合でも、交付申請時に申請する補助額を自主的に5万円以上150万円未満の範囲内とすることは可能」と明記されています。この点は後述の対策で詳しく触れます。
「3%」「3.5%」という水準の根拠
賃上げ率の水準には公募要領上の定義があります。1人当たり給与支給総額の年平均成長率3%は「日本銀行が定める『物価安定の目標』+1%」、3.5%は「同+1.5%」とされています。物価上昇分を上回る実質的な賃上げを求める設計です。
この水準は、旧IT導入補助金の賃上げ要件とは異なります。過去に申請した際の記憶や、更新されていない解説記事の数値(年率1.5%など)をもとに計画を立てると、必須ラインを大きく下回る計画になりかねません。2026年の要件は、現行の公募要領で確認してください。本記事の表は第1回〜第6回公募(6次締切まで)の公募要領にもとづき、7次締切からの変更点は別に整理しています。
通常枠の賃上げ要件:受給歴×申請額の4パターン

通常枠の賃上げ要件は、過去の受給歴の有無と、申請額が150万円未満か以上かの組み合わせ(4パターン)で決まります。公募要領の別紙1「補助金申請額ごとの申請要件・加点要件一覧」を、通常枠について整理したものが次の表です。
(1)IT導入補助金2022~2025の交付決定を受けていない事業者
表は左右にスクロールできます
| 項目 | 150万円未満 | 150万円以上 |
|---|---|---|
| 事業場内最低賃金の水準【申請要件】 | — | 地域別最低賃金+30円以上 |
| 事業場内最低賃金の水準【加点要件】 | 地域別最低賃金+30円以上 | 地域別最低賃金+50円以上 |
| 1人当たり給与支給総額の年平均成長率【申請要件】 | — | 3%以上 |
| 1人当たり給与支給総額の年平均成長率【加点要件】 | 3%以上 | 3%以上 |
| 賃金引上げ計画の従業員への表明【申請要件】 | — | 必須 |
| 賃金引上げ計画の従業員への表明【加点要件】 | 必須 | 必須 |
(2)IT導入補助金2022~2025の交付決定を受けた事業者
表は左右にスクロールできます
| 項目 | 150万円未満 | 150万円以上 |
|---|---|---|
| 事業場内最低賃金の水準【申請要件】 | — | 地域別最低賃金+30円以上 |
| 事業場内最低賃金の水準【加点要件】 | 地域別最低賃金+30円以上 | 地域別最低賃金+50円以上 |
| 1人当たり給与支給総額の年平均成長率【申請要件】 | 3.5%以上 | 3.5%以上 |
| 1人当たり給与支給総額の年平均成長率【加点要件】 | 3.5%以上 | 3.5%以上 |
| 賃金引上げ計画の従業員への表明【申請要件】 | 必須 | 必須 |
| 賃金引上げ計画の従業員への表明【加点要件】 | 必須 | 必須 |
150万円未満の加点(+30円以上)には、上乗せの仕組みがあります。事業計画期間においてさらに+50円以上の水準にした場合、公募要領(別紙1の注記)の定めにより更なる加点が行われます。この「+30円で加点→+50円で更なる加点」という二段構造は、150万円未満の加点に付く仕組みです。150万円以上では+30円は申請要件で、加点は最初から+50円以上が要件です。
2つの表を並べると、実務上の注意点が3つ見えてきます。
- リピート申請は条件が重くなります。過去にIT導入補助金(2022~2025)の交付決定を受けていると、給与支給総額の必須ラインが3%→3.5%に上がり、150万円未満でも必須要件になります。受けた枠によっては申請自体ができないため、過去にどの枠で受けたかを先に確認してください
- 150万円以上の加点は、必須要件より一段厳しくなります。必須は事業場内最低賃金+30円ですが、加点を取るには+50円が必要です。加点を取るということは、必須ラインの上にもう20円を積む判断です
- 事業場内最低賃金は、どのパターンでも150万円未満では必須要件になりません(加点のみ)
インボイス枠(インボイス対応類型)は判定基準が違う
インボイス枠では、賃上げの必須要件は申請額ではなく過去の受給歴だけで決まります。公募要領の申請要件(ツ)は「IT導入補助金2022からIT導入補助金2025までの間に交付決定を受けた事業者」に対して、給与支給総額の年平均成長率3.5%以上と従業員への表明を求めています。インボイス枠での扱いは次のとおりです。
- 過去に交付決定を受けていない → 賃上げの必須要件はなし。加点(事業場内最低賃金+30円以上・給与支給総額3%以上・表明)は任意
- 過去に交付決定を受けている → 給与支給総額3.5%が必須。事業場内最低賃金は必須ではなく加点のみ
ただし、その前に、そもそも申請できるかどうかの確認が必要です(過去の受給歴の節で説明します)。インボイス枠の詳しい補助率・対象はインボイス枠の解説をご覧ください。
【参考】電子取引類型の賃上げ要件
当社の申請サポート対象外ですが、インボイス枠のもう一つの類型である電子取引類型にも同じ構造の賃上げ規定があります(電子取引類型の公募要領(テ)ほか)。
- 必須要件:IT導入補助金2022~2025の交付決定を受けた事業者が対象です。1人当たり給与支給総額の年平均成長率3.5%以上(中小企業・小規模事業者以外は5%以上)と、従業員への表明が必須になります。未達の場合(効果報告期間内に報告しなかった場合を含む)は返還の対象になります
- 加点:要件は2つで、両方を満たすと加点されます。事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上にすることと、給与支給総額の年平均成長率3%以上(中小企業・小規模事業者以外は5%以上)です。+50円以上で更に加点、という構造は通常枠と同じです
「過去の受給歴があると必須になり、水準が0.5%上がる」という骨格は、3枠に共通しています。どの枠で申請すべきかの考え方は枠の選び方にまとめています。
7次締切(2026年12月1日)からの変更点
7次締切からは、2026年10月9日に公開された第7回公募以降の公募要領が適用されます。賃上げに関する主な変更は次の3点です。
- 賃上げが必須要件になる事業者に、1年後の目標が加わります。1年後に1人当たり給与支給総額を3%(交付決定歴ありは3.5%)以上向上させる目標です(通常枠の申請要件(テ)(ト)(ナ)、インボイス枠の(ツ))。必須要件になる条件(申請額150万円・受給歴)は変わりません
- 交付申請日の属する事業年度を基準年度とすることが明記されました
- 最低賃金に関する状況の加点(加点措置①②)の期間と金額が変わります(後述)
1年後の目標について、公募要領は「事業計画期間の1年度目においても達成/未達成を判断するが、未達成であっても補助金の返還は求めない」としています。給与支給総額の返還の判定は、これまでどおり事業計画終了時点(3年度目)です。賃上げ加点の水準(+30円・+50円、3%・3.5%)は変わりません。
前述の【参考】電子取引類型にも、7次締切から1年後の目標が加わります。第7回公募以降の電子取引類型の公募要領(テ)は、必須要件になる事業者に、1年後に1人当たり給与支給総額を3.5%以上向上させることを求めています。中小企業・小規模事業者以外は5%以上です。
未達リスクのない賃上げ系加点:最低賃金に関する状況(加点措置①②)
「最低賃金に関する状況」の加点は、申請時点の賃金実績だけで確定し、将来の達成義務を伴わない賃上げ系の加点です。公式の加点項目一覧での呼び名で、通常枠の公募要領では加点項目14)・15)に当たります。ここまで説明した「賃上げ計画の策定・表明・達成」による加点は、3年後の達成状況が問われるタイプでした。賃上げ関連の加点には、それとは別にこの1系統があります。
加点措置①:最低賃金近傍の従業員が多い事業者への加点(加点項目14)
6次締切(2026年10月30日・受付終了)までは、令和6年10月から令和7年9月までの間で、「当該期間における地域別最低賃金以上~令和7年度改定の地域別最低賃金未満」で雇用している従業員が全従業員の30%以上である月が3か月以上あることが基準です。7次締切(2026年12月1日)からは、期間が令和7年10月から令和8年9月まで、上限が令和8年度改定の地域別最低賃金未満に変わります。提出書類は所定様式の「賃金状況報告シート(補助率引上げ・加点措置①用)」です。
前述の補助率引上げ(1/2→2/3)の要件と同一の基準なので、該当する事業者は補助率の引上げと審査の加点の両方を同時に受けられます。最低賃金の引上げの影響を強く受けている事業者を支援する趣旨の措置です。
加点措置②:事業場内最低賃金を一定額以上引き上げている事業者への加点(加点項目15)
6次締切までは、交付申請の直近月における事業場内最低賃金を、令和7年7月の事業場内最低賃金+63円以上の水準にしていることが基準です。7次締切からは、令和8年6月の事業場内最低賃金+55円以上に変わります。比べる相手は地域別最低賃金ではなく、自社の過去の事業場内最低賃金です。提出書類は、本事業ホームページの所定様式である「賃金状況報告シート(加点措置②用)」です。
該当するなら先に確保したい加点
この2つの加点で申告するのは、「すでにこうなっています」という実績です。「これから賃上げします」という約束ではないため、次のようになります。
- 未達による返還も、18カ月の減点措置も、原理的に発生しません
- 判定はすべて申請時点までの賃金台帳上の事実で決まります
当社が申請サポートで加点の取捨を検討する際も、まずこの申請時実績型を確認します。そのうえで、将来約束型(賃上げ計画の加点)を取るかどうかを判断する順番をおすすめしています。パート・アルバイトを多く雇用する小売・飲食・介護周辺の事業者は加点措置①に、直近で時給を大きく引き上げた事業者は②に該当するケースが実務上よくあります。該当するかは、決められた期間の賃金台帳で確認できます。①は令和6年10月〜令和7年9月(7次締切からは令和7年10月〜令和8年9月)の各月、②は令和7年7月(7次締切からは令和8年6月)と交付申請の直近月です。申請前にチェックしてください(提出様式・判定の詳細は公募要領と公式サイトの所定様式でご確認ください)。
賃上げ以外も含めた加点の準備の全体像は補助金の加点対策、デジタル化・AI導入補助金の加点の一覧は加点項目一覧の解説で解説しています。
過去に「どの枠で」受けたかを先に確認する
インボイス枠は、過去に受けた枠によっては申請そのものができません。ここまで「過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けているか」で賃上げの条件が変わると説明してきましたが、それ以前の問題です。賃上げ要件の軽重より先に、自社の受給歴を確認してください。
インボイス枠は、過去にインボイス枠系で受けていると申請対象外
インボイス枠の公募要領「2-1-2 申請の対象外となる事業者」(4)は、次のいずれかで交付決定を受けた事業者を対象外と定めています。
- IT導入補助金2022 デジタル化基盤導入枠(デジタル化基盤導入類型)
- IT導入補助金2023 デジタル化基盤導入枠(デジタル化基盤導入類型)
- IT導入補助金2023 デジタル化基盤導入枠(商流一括インボイス対応類型)
- IT導入補助金2024 インボイス枠
- IT導入補助金2025 インボイス枠
会計・受発注・決済まわりのデジタル化を、同じ趣旨の枠で繰り返し補助することはしない、という設計です。該当する場合、賃上げ計画をどれだけ作り込んでもインボイス枠では申請できません。
過去の枠別・2026年の申請可否と賃上げの扱い
過去の受給歴ごとに、2026年の申請可否と賃上げの扱いを整理すると次の表になります。
表は左右にスクロールできます
| 過去(2022~2025)の交付決定 | 通常枠2026 | インボイス枠2026 |
|---|---|---|
| なし | 申請可。賃上げは150万円未満なら加点のみ/150万円以上は必須 | 申請可。賃上げは加点のみ(必須要件なし) |
| インボイス枠系(上記5つのいずれか) | 申請可(減点措置あり)。賃上げは金額を問わず必須(3.5%) | 申請できない(対象外) |
| 2025年の通常枠・複数社連携IT導入枠 | 交付決定日から12カ月以内は申請できない。それを過ぎれば申請可(減点措置あり)。賃上げは金額を問わず必須(3.5%) | 申請可(減点措置あり。※2025複数社連携枠は交付決定日から12カ月以内は申請不可)。賃上げは必須(3.5%) |
| それ以外の枠(2022~2024の通常枠、2022~2025のセキュリティ対策推進枠など) | 申請可(減点措置あり)。賃上げは金額を問わず必須(3.5%) | 申請可(減点措置あり)。賃上げは必須(3.5%) |
※減点措置(IT導入補助金2022~2025の交付決定者への減点等)は、通常枠・インボイス枠(インボイス対応類型)の双方の公募要領に同様に規定されています。
通常枠にも、期間限定の申請制限が1つあります。対象は、IT導入補助金2025の通常枠または複数社連携IT導入枠で交付決定を受けた事業者(グループ構成員を含む)です。これらの事業者は、交付決定日から12カ月以内はデジタル化・AI導入補助金2026の通常枠に申請できません(公募要領「申請単位と申請回数」の注記)。同様に、2025複数社連携枠の交付決定者は、12カ月以内はインボイス対応類型にも申請できません。それ以外の受給歴であれば申請自体はできますが、審査では次の減点措置がかかります。
- IT導入補助金2022~2025の交付決定を受けた事業者は減点
- 2026年のインボイス枠(インボイス対応類型・電子取引類型)で申請中または交付決定を受けた事業者も減点。しかも上記と同じ機能(会計・受発注・決済)のITツールを導入する場合は、さらに減点
- IT導入補助金2024・2025で交付決定を受けたソフトウェアとプロセスが重複する場合も減点。プロセスが完全に一致する場合は不採択
リピート申請では、「賃上げの必須ラインが上がる(3%→3.5%)」「審査で減点される」「同じ機能のツールだとさらに不利」の3つが重なります。前回と違う業務領域のデジタル化を狙うのが基本方針です。
自社の受給歴と枠の組み合わせで判断に迷う場合のご質問は、LINEでも受け付けています。
賃上げ要件が適用されない事業者(医療・介護・福祉・学校)
保険医療機関・保険薬局、介護サービス事業者、社会福祉事業・更生保護事業を行う事業者、学校等には、賃上げ要件が適用されません。公募要領は、次の事業者を賃上げ要件の適用外と定めています(通常枠の申請要件(ニ)、インボイス枠の申請要件(テ))。
- 健康保険法、国民健康保険法、労災保険及び自賠責保険の対象となる医療等の社会保険医療の給付等を行う保険医療機関及び保険薬局
- 介護保険法に基づく保険給付の対象となる居宅サービスや施設サービスを提供する介護サービス事業者
- 社会福祉法に基づく第一種社会福祉事業、第二種社会福祉事業及び更生保護事業法に規定する更生保護事業を行う事業者
- 学校教育法に基づく学校、専修学校、修業年限が1年以上などの一定の要件を満たす各種学校
該当する事業者は、150万円以上の申請でも賃上げの必須要件はかかりません。自社が適用外に当たるかどうかは、交付申請前にIT導入支援事業者または事務局へご確認ください。
賃上げ未達のペナルティは2種類:返還と18カ月の減点
賃上げが未達のときのペナルティは、必須要件の未達なら補助金の返還、加点だけの未達なら18カ月間の他補助金での減点です。公募要領は「必須要件の未達」と「加点要件の未達」で、まったく違う扱いをしています。
表は左右にスクロールできます
| 項目 | 必須の賃上げ要件が未達 | 賃上げ加点だけが未達 |
|---|---|---|
| 補助金の返還 | あり(最大で全額) | なし(※) |
| 他補助金への影響 | — | 未達が報告されてから18カ月間、中小企業庁所管の補助金で正当な理由がない限り大幅に減点 |
| 次回の本補助金への影響 | — | 減点措置の対象 |
| 免除される場合 | あり(後述) | 災害等でやむを得ない場合、事務局が認めれば減点免除 |
※ここでいう「加点だけが未達」とは、必須要件は満たしたうえで、加点のために上乗せした部分だけを達成できなかった場合です。150万円以上の申請では、加点要件のうち給与支給総額の目標と従業員への表明は申請要件と同一であると公募要領が注記しています。この共通部分が未達なら、それは必須要件の未達として返還の対象になります。加点で上乗せされるのは事業場内最低賃金の+30円→+50円の部分です。
なお前述の「最低賃金に関する状況」による加点(加点措置①②)は申請時点の実績で確定するため、この未達ペナルティの仕組みとは無関係です。18カ月の減点リスクを負うのは、将来の達成を約束するタイプの賃上げ加点だけです。
加点未達で減点対象になる補助金
公募要領【補足4】(インボイス枠は【補足5】)が挙げる、18カ月間の減点対象は次のとおりです(令和8年1月時点)。
- ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金
- 小規模事業者持続化補助金
- 事業承継・M&A補助金(旧 事業承継・引継ぎ補助金)
- 成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech事業)
- 事業再構築補助金(中小企業省力化投資補助事業を含む)
逆方向の規定もあります。通常枠の減点措置には、他の補助金で賃上げ加点を受けて採択されたのに未達だった事業者も含まれます。対象になる公募回は次のとおりです。
- ものづくり補助金第17次公募以降
- 小規模事業者持続化補助金第15回公募以降
- 事業承継・M&A補助金第8次公募以降
- Go-Tech事業令和6年度公募以降
- 事業再構築補助金第12回公募
- 中小企業省力化投資補助事業第1回公募以降
賃上げ加点の履歴は補助金をまたいで参照される、と理解しておくのが安全です。
単発で1回だけ補助金を使うなら、加点未達のコストは相対的に軽いといえます。しかし、数年かけて複数の補助金を使う計画があるなら、加点の約束は重くなります。当社のご相談でも、ものづくり補助金や持続化補助金を続けて検討している事業者には、この点を必ずお伝えしています。
賃上げ未達の返還額はいくら?【公募要領の計算例】

必須要件が未達だった場合の返還額は、事業場内最低賃金の未達なら未達年度に応じて全額/2/3/1/3、給与支給総額の未達なら全額の場合があります。どの目標が未達かで、計算方法が変わります。
ケース1:事業場内最低賃金の増加目標が未達(通常枠・150万円以上)
効果報告時の直近月時点で判定されます。返還額は「補助金の額を3年で除した金額 × 未達となった年を含む残り年数」です。判定に用いる地域別最低賃金は、効果報告期間開始時のものとされています。
公募要領は補助金交付額450万円のケースで次の例を挙げています。
表は左右にスクロールできます
| 未達となった年度 | 返還率 | 返還額 |
|---|---|---|
| 1年度目で未達 | 全額 | 450万円 |
| 2年度目で未達 | 2/3 | 300万円 |
| 3年度目で未達 | 1/3 | 150万円 |
早い年度でつまずくほど返還額が大きい構造です。なお公募要領は「未達となり返還を行った場合、翌年度以降の効果報告及び未達の場合の返還は求めない」としています。
ケース2:1人当たり給与支給総額の増加目標が未達
給与支給総額の目標は、事業計画終了時点(3年度目)でまとめて判定されます。未達なら補助金の全部の返還を求める場合があると定められており、年数による按分はありません。
インボイス枠の公募要領も同じ構造で、補助金交付額300万円のケースで「未達なら返還額300万円(全額)」の例を示しています。
返還額の上限と加算金
賃上げ目標の未達による返還について、公募要領は「返還額は補助金交付額を上限とし、加算金・延滞金は含まない」と明記しています。
ただし、辞退した場合は扱いが違います。導入したITツールを解約・利用停止した場合や、廃業・倒産・事業譲渡等で補助事業を取りやめた場合は、辞退の手続きが必要です。このとき返還が必要になると、「補助金受領の日から返還金納付の日までの日数に応じ、加算金を納付する必要がある。また、納付が遅れた場合には延滞金が発生する」とされています。
さらに、次の規定があります。
賃上げ目標が必須となる事業者(略—賃上げ要件の適用外事業者を除く旨の括弧書き)は、効果報告前及び賃上げ目標に定められた要件の達成状況判定前に辞退した場合、賃上げ目標の要件未達成とみなされ補助金の全額返還となるので留意すること。
「達成できそうにないから途中でやめる」という判断は、全額返還+加算金という最も重い結果を招きます。ツールの解約を検討する場合は、事前に事務局・IT導入支援事業者へ相談することをおすすめします。
効果報告を出し忘れた場合も返還
公募要領は、返還を求めるケースとして次の2つを並べています。
- 賃上げ目標が必須となる申請において、効果報告が効果報告期間内に提出がなかった場合
- 賃上げ目標が必須となる申請において、申請要件の内容を満たさないことを効果報告で事務局が確認した場合
「未達」だけでなく「未報告」も返還事由です。効果報告は交付決定から数年後になるため、担当者の異動や退職で失念するリスクが現実的にあります。効果報告で実際に何を出すのかは、効果報告の節で具体的に説明します。
返還が免除される場合(業績不振・天災など)
賃上げの必須要件が未達でも、付加価値額が伸びていないなどの条件を満たす場合や、天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合は、返還を求められません。公募要領は、未達でも返還を求めないケースを目標ごとに明示しています。
事業場内最低賃金が未達の場合(ケース1)
- 付加価値額増加率が年平均成長率1.5%に達しない場合
- 天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合
給与支給総額が未達の場合(ケース2)
- 付加価値額が増加しておらず、かつ企業全体として3年の事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合
- 天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合
公募要領は免除の理由を「付加価値額が目標どおりに伸びなかった場合に1人当たり給与支給総額の目標達成を求めることは困難なことから」と説明しています。業績が伸びていないのに、賃上げだけを求めることはしないという設計です。
本事業における付加価値額は、営業利益+人件費+減価償却費と定義されています(労働生産性は、これを年間の事業者当たり総労働時間で除したもの)。付加価値額の計画の立て方は事業計画と生産性向上の書き方で詳しく解説しています。
免除の判断材料になるのは、効果報告であわせて提出する決算書および関係書類です。加点未達による減点の免除についても、「効果報告の提出時にその理由を説明すること。事務局がやむを得ないと認めた場合に限り、減点を免除する」とされています。
効果報告で提出するもの・提出時期

効果報告では、営業利益・人件費・減価償却費・総労働時間・1人当たり給与支給総額・事業場内最低賃金などの数値と決算書、ITツールの継続活用を証する書類を提出します。2026年に申請した場合、報告は2031年1月まで続きます。通常枠の公募要領(3-5)は、効果報告で次の報告を求めています。
何を報告するか
表は左右にスクロールできます
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 生産性向上に係る数値 | 営業利益、人件費、減価償却費、事業者当たり総労働時間、1人当たり給与支給総額(非常勤を含む全従業員)、事業場内最低賃金(事業場内で最も低い賃金)等 |
| 数値の根拠書類 | 決算書及び関係書類 |
| ITツール関連 | ITツールを継続的に活用していることを証する書類等 |
| 賃上げ関連の証憑 | 必要に応じて賃金台帳等の提出を求められる場合がある |
効果報告で出すのは、賃上げの結果だけではありません。付加価値額の構成要素(営業利益・人件費・減価償却費)と労働時間、賃金の状況、ツールの利用継続を、まとめて報告する手続きです。前節の返還免除(付加価値額や営業利益の状況による免除)を効果報告の提出書類で判定できるのは、この構造のためです。
実務では、次の3点を導入初年度から整えておくと報告がスムーズです。
- 決算書は、事業年度ごとにすぐ取り出せる状態にしておく(顧問税理士との共有フォルダ等)
- 賃金台帳を毎月きちんと更新する。事業場内最低賃金は「事業場内で最も低い賃金」なので、パート・アルバイトを含む全従業員の時給換算額を把握できる状態が前提になります
- ITツールの利用証跡を残す。利用料の請求書・支払記録、管理画面のアカウント情報などが該当し得ます(求められる書類の詳細は報告時の案内・公募要領でご確認ください)
事業計画期間前の報告は軽い
最初の報告の扱いも知っておくと安心です。公募要領は「事業計画期間前の効果報告においては、ITツールを継続的に活用していることを証する書類等の報告のみを求める」としています。2027年3月からの初回報告では、賃金や生産性の数値報告はまだ不要で、ツールを使い続けていることを示せば足ります。数値の報告が始まるのは1年度目以降です。
いつ報告するか
通常枠の効果報告スケジュールは公募要領で次のとおり定められています。
表は左右にスクロールできます
| 年度 | 効果報告対象期間 | 効果報告期間 | 主な報告内容 |
|---|---|---|---|
| 事業計画期間前 | ITツール導入後~ | 2027年3月~(受付スケジュールは順次公表) | ツールの継続活用書類のみ |
| 1年度目 | 交付申請時点の翌事業年度 | 2028年4月~2029年1月 | 数値+根拠書類+継続活用書類 |
| 2年度目 | 前年度の効果報告対象期間の翌事業年度 | 2029年4月~2030年1月 | 同上 |
| 3年度目 | 前年度の効果報告対象期間の翌事業年度 | 2030年4月~2031年1月 | 同上(給与支給総額の最終判定) |
インボイス枠は少し異なり、2年度目の報告は不要です(事業計画期間前・1年度目・3年度目の3回)。3年度目の対象期間は「交付申請時点より決算期を3期経過した事業年度」と定義されています。
2026年に申請すると、最後の報告は2031年1月まで続きます。担当者が代わっても引き継がれる場所(共有カレンダー、業務手順書)に記録してください。制度内容・スケジュールは変更される場合があるとされているので、公式サイトの更新も随時確認が必要です。交付決定後の実績報告から効果報告までの手続き全体は交付決定後の流れで解説しています。
賃上げ要件のリスクを抑える5つの対策
賃上げ要件のリスクを抑える対策は5つあります。申請額150万円のラインを意識した設計、給与支給総額の定義どおりの計算、表明の記録、効果報告の期限管理、他補助金の予定とあわせた加点の判断です。いずれも、当社が申請サポートの現場で実際にお伝えしている進め方です。
対策1:申請額150万円のラインを意識して枠を設計する
過去にIT導入補助金(2022~2025)の交付決定を受けていない事業者にとって、これが最も効果的なリスクコントロールです。
公募要領は「補助金申請額150万円~450万円以下の申請要件を満たす場合でも、交付申請時に申請する補助額を自主的に5万円以上150万円未満の範囲内とすることは可能」と明記しています。申請額を150万円未満に収めれば、賃上げは必須要件ではなく加点項目になり、返還リスクそのものがなくなります。
もちろん補助額は下がるので、単純に得な選択ではありません。判断材料は次の2つです。
- 3年間の賃上げ計画に確信が持てるか(人員構成が安定しているか、業績見通しが立つか)
- 150万円を超える部分の補助額と、未達時の返還リスクを比べてどちらが大きいか
自社の構成でいくらの補助額になるかは見積もりシミュレーター(無料)で試算できます。試算結果が150万円をまたぐ場合は、この判断が必要になります。
対策2:給与支給総額の「定義」で計算する
賃上げ計画を立てるとき、社内の感覚的な人件費で計算すると後でずれます。公募要領の定義は明確です。
1人当たり給与支給総額 = 給与支給総額 ÷ 従業員数
表は左右にスクロールできます
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 算入する | 給料、賃金、賞与、各種手当(残業手当、休日出勤手当、職務手当、地域手当、家族(扶養)手当、住宅手当)等、給与所得として課税対象となる経費 |
| 算入しない | 役員報酬、福利厚生費、法定福利費、退職金 |
役員報酬が入らない点は特に間違えやすいところです(従業員を雇用していない法人が役員に読み替えて算出する場合を除きます)。役員の報酬を上げても給与支給総額の判定には効かない一方、賞与や残業手当は算入されます。
従業員のカウントにも細かい定めがあります。
- 対象は、交付申請時の直近の事業年度およびその算出対象となる各事業年度において、全月分の給与等の支給を受けた従業員です。中途採用や退職等で全月分の支給を受けていない従業員は、その事業年度に限り算出対象から除く必要があります
- 産前・産後休業、育児休業、介護休業など、事業者の福利厚生等により時短勤務を行っている従業員は、算出対象から除くことができます
- パートタイム従業員は、正社員の就業時間に換算して人数を算出します
- 昇給・減給・残業時間の増減等で給与が変動する従業員も算出対象です
- 従業員を雇用していない法人は、従業員を役員と読み替え、役員報酬と役員数に応じて算出します
実務で効いてくるのは分母です。1人当たりの金額で判定されるため、給与総額を増やしても人数がそれ以上に増えると数値は下がります。採用計画がある場合は、その前提で計算しておく必要があります。また、残業手当が算入されるため、業務効率化で残業が大きく減ると、1人当たり給与支給総額は下がる方向に働きます。デジタル化の補助金では、この点も意識しておきたいところです。
数字の感覚をつかむために、当社による仮の計算例を1つ挙げます(公募要領に記載された例ではありません)。1人当たり給与支給総額が350万円の会社が年平均成長率3%を3年続けると、3年後は約382万円(350万円×1.03の3乗)です。3.5%なら約388万円です。「年3%」が毎年の定期昇給とベースアップの合計で届く水準かを、自社の直近の昇給実績と並べて確認してください。個別の判定方法は、交付申請前にIT導入支援事業者や事務局へ確認しておくと確実です。
対策3:従業員への「表明」の記録を必ず残す
見落とされやすいのに、影響が最も重い項目です。公募要領は次のように定めています。
交付申請時に上記賃金引上げ計画を従業員に表明したと申告したにも関わらず、交付決定後に実際には表明していないことが発覚した場合、事務局は交付決定の取消しを行う。
この取消しは、目標の達成とは関係なく、表明の手続きを行っていなかったことに対する措置です。口頭で伝えただけでは記録が残りません。当社は、朝礼で伝える場合も、書面の掲示・社内メール・給与明細への同封など、日付の残る形を併用することをおすすめしています。表明方法の指定について不明な点があれば、公式FAQ・事務局にご確認ください。賃上げ要件の効果報告では、必要に応じて賃金台帳等の証憑の提出を求められる場合があるとされています。
なお、就業規則や賃金規程の変更が必要になるケースでは社会保険労務士の領域が関わります。手続きの要否は顧問の社労士へご確認ください。
対策4:効果報告の期限を交付決定後すぐカレンダーに入れる
未報告も返還事由である以上、これは事務作業ではなくリスク管理です。報告の中身とスケジュールは前述の効果報告の節のとおりで、2026年申請なら最後の報告は2031年1月まで続きます。
当社がおすすめしているのは、交付決定を受けたその週に次の3つを済ませることです。
- 効果報告期間(毎年4月~翌1月)を、共有カレンダーに繰り返し予定として登録する(個人のカレンダーにしない)
- 決算書・賃金台帳・ツール利用証跡の保管場所を、1つのフォルダに決める
- 業務手順書や引き継ぎ資料に「デジタル化・AI導入補助金の効果報告」の項目を作っておく
5年越しの手続きで最も多い失敗は「知らなかった」ではなく「忘れていた」です。仕組みで防いでください。
対策5:「加点を取るか」は他補助金の予定とセットで決める
まず、申請時実績型の加点(加点措置①②)に該当するなら先に確保します。こちらは将来のリスクがありません。そのうえで、将来約束型の賃上げ加点を取るかを判断します。
150万円以上の申請では、必須ラインが事業場内最低賃金+30円、加点ラインが+50円です。この20円の差の重みは、他の補助金を使う予定によって変わります。
- 本補助金だけで完結する予定なら、加点未達のペナルティ(18カ月の減点)は実質的な痛手になりにくい
- ものづくり補助金や持続化補助金を続けて狙う予定があるなら、加点未達は次の申請を直撃します。取るなら、確実に達成できる水準にとどめます
見落としやすいのは、この判定の基準が動くことです。公募要領は事業場内最低賃金を「事業場内で最も低い賃金」と定義しているため、社内で最も時給の低い方が基準になります。比較対象の地域別最低賃金についても、公募要領は必須要件(+30円)の返還判定に関して定めを置いています。「判定に用いる地域別最低賃金は効果報告期間開始時のものとする」という規定です。
仮の数値で考えてみます(金額は説明用の例で、実際の地域別最低賃金は厚生労働省の公表する最新の額でご確認ください)。仮に判定時点の地域別最低賃金が1,050円の地域なら、必須ラインは1,080円、加点ラインは1,100円です。判定に使われるのは、申請時ではなく効果報告期間開始時の地域別最低賃金です。地域別最低賃金は毎年改定されます。申請時の最低賃金を基準に「+50円あるから大丈夫」と考えていると、改定後には差が縮んでいることが起こり得ます。3年間の事業計画期間を通じて、改定の上乗せ分+50円を維持し続けられるかで見積もってください。
よくある質問
Q. 賃上げ加点を取らずに申請することはできますか?
はい、できます。加点はあくまで審査で有利になる項目で、必須ではありません(申請額150万円以上の場合の必須要件とは別物です)。ただし、加点を取らない分、採択の可能性には影響します。賃上げ以外の加点項目も複数あります。たとえば、クラウド製品の選定や、IT戦略ナビwith(通常枠では、2026年8月28日改訂で追加されたIT経営サポートセンターの利用でも可)です。健康経営優良法人2026の認定、くるみん・えるぼし認定、成長加速マッチングサービスへの登録、省力化ナビの活用なども加点項目です。まず未達リスクのない賃金系加点(加点措置①②)への該当を確認し、賃上げの約束以外で積める加点から検討するのが現実的です。
Q. 申請時点の賃金状況だけで取れる加点があると聞きました。どんなものですか?
「最低賃金に関する状況」による加点(通常枠の加点項目14・15)です。①は、令和6年10月~令和7年9月の間に、地域別最低賃金以上~令和7年度改定額未満で雇用する従業員が全従業員の30%以上の月が3か月以上あることが基準です。②は、交付申請の直近月の事業場内最低賃金が令和7年7月比+63円以上であることが基準です。いずれも6次締切までの基準で、7次締切からは①が令和7年10月~令和8年9月・令和8年度改定額未満、②が令和8年6月比+55円以上に変わります。どちらも申請時点までの実績で確定し、将来の達成義務がありません。②の提出書類は所定様式の「賃金状況報告シート(加点措置②用)」です。①は補助率引上げ(1/2→2/3)と同一基準なので、該当すれば加点と補助率の両方に効きます。
Q. 業績が悪化して賃上げできなかったら、必ず返還ですか?
いいえ、必ず返還になるわけではありません。公募要領は、給与支給総額の未達について「付加価値額が増加しておらず、かつ企業全体として3年の事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合」は返還を求めないと定めています。事業場内最低賃金の未達では、「付加価値額増加率が年平均成長率1.5%に達しない場合」が免除の条件です。天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合も同様です。ただし自動適用ではなく、効果報告で決算書等とともに説明する必要があります。
Q. 150万円未満で申請すれば、賃上げのリスクは完全になくなりますか?
過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けていない事業者なら、賃上げの必須要件がかからないため、返還リスクはありません。ただし、過去に交付決定を受けている事業者は、150万円未満でも給与支給総額3.5%が必須要件になります(通常枠・インボイス枠とも)。まず自社の受給歴を確認してください。
Q. 給与支給総額に役員報酬や賞与は含まれますか?
賞与は含まれ、役員報酬は含まれません。公募要領は、算入するものを「給料、賃金、賞与、各種手当等、給与所得として課税対象となる経費」、算入しないものを「役員報酬、福利厚生費、法定福利費、退職金」と定めています(従業員を雇用していない法人が役員に読み替えて算出する場合は例外です)。古い解説記事には役員報酬を含むとするものも見かけますが、2026年の公募要領の定義でご確認ください。
Q. 効果報告では具体的に何を提出しますか?
生産性向上に係る数値と、その根拠となる決算書及び関係書類、ITツールを継続的に活用していることを証する書類等です。数値は、営業利益・人件費・減価償却費・事業者当たり総労働時間・1人当たり給与支給総額・事業場内最低賃金等です。賃上げ関連では、必要に応じて賃金台帳等の証憑を求められる場合があります。なお、事業計画期間前の初回報告(2027年3月~)はツールの継続活用を証する書類のみで、数値の報告は1年度目以降です。詳細は効果報告の節をご覧ください。
Q. 過去にIT導入補助金のインボイス枠を使いました。今回も申請できますか?
いいえ、インボイス枠(インボイス対応類型)には申請できません。 IT導入補助金2022・2023のデジタル化基盤導入枠(デジタル化基盤導入類型/商流一括インボイス対応類型)、2024・2025のインボイス枠で交付決定を受けた事業者は対象外です。根拠は公募要領の「2-1-2 申請の対象外となる事業者」で、賃上げ要件の話以前に申請自体ができません。
一方、通常枠には申請できます。ただし、IT導入補助金2025の通常枠・複数社連携IT導入枠で交付決定を受けた場合は、交付決定日から12カ月以内は申請できません。審査では減点措置がかかり、賃上げは金額を問わず1人当たり給与支給総額3.5%が必須になります。前回導入したソフトウェアとプロセスが完全に一致する場合は不採択とされるため、前回と違う業務領域のデジタル化で検討してください。詳しくは過去に「どの枠で」受けたかを先に確認するをご覧ください。
Q. なぜ賃上げ率は3%や3.5%なのですか?
公募要領で、日本銀行の「物価安定の目標」を基準に水準が定義されているためです。3%は「日本銀行が定める『物価安定の目標』+1%」、3.5%は「同+1.5%」とされています。物価上昇を上回る実質賃上げを促す設計で、旧IT導入補助金の賃上げ要件とは水準が異なります。古い解説記事の数値で計画を立てず、現行の公募要領の水準で確認してください。
Q. 従業員がいない一人会社でも賃上げ要件の対象ですか?
はい、対象になり得ます。公募要領は「従業員を雇用していない法人は、上記の従業員を役員と読み替え、役員報酬と役員数に応じて算出すること」と定めています。ただし給与支給総額の算入対象から役員報酬は除かれるという原則との関係など、個別の判定は複雑になりやすいところです。交付申請前にIT導入支援事業者または事務局へご確認ください。
Q. 補助金を受け取った後にツールを解約したくなったら?
導入したITツールを解約・利用停止した場合は辞退の手続きが必要で、交付された補助金の全部または一部の返還が必要になる場合があります。しかも辞退による返還には加算金が発生し、納付が遅れれば延滞金も加わります。さらに賃上げ目標が必須の事業者が達成状況の判定前に辞退すると、要件未達成とみなされ全額返還です。複数ツールのうち一部の解約でも辞退とみなされる場合があるため、契約更新のタイミングでは事前にご相談ください。
まとめ:注意すべきは加点より「必須要件」と「報告忘れ」
- 賃上げ加点の未達では、補助金の返還は発生しない。ペナルティは18カ月間、中小企業庁所管の他補助金での大幅減点
- 返還が発生するのは、必須の賃上げ要件の未達。通常枠は申請額150万円以上、または過去にIT導入補助金2022~2025の交付決定を受けている場合が該当
- 事業場内最低賃金の未達は未達年度に応じて全額/2/3/1/3、給与支給総額の未達は全額が返還の目安
- 賃上げ水準の3%/3.5%は「物価安定の目標+1%/+1.5%」が根拠。旧IT導入補助金の数値(古い解説記事の年1.5%等)で計画を立てない
- 申請時点の実績だけで確定する賃金系加点(最低賃金に関する状況・加点措置①②)は未達リスクゼロ。該当するならまず確保する
- 効果報告の未提出も返還事由。報告するのは営業利益・人件費・減価償却費・総労働時間・給与・最低賃金の数値と決算書、ツールの継続活用書類。2026年申請なら報告は2031年1月まで続く(初回はツール継続活用書類のみ)
- 途中辞退は、全額返還+加算金という最も重い結果になりやすい
- 過去の受給歴がなければ、申請額を150万円未満に抑えて必須要件を回避する選択肢がある
- インボイス枠系(2022・2023のデジタル化基盤導入枠、2024・2025のインボイス枠)の受給者は、インボイス枠2026の申請対象外。通常枠は申請できるが減点措置がかかる
賃上げ要件は「怖いから避ける」ものでも「とりあえず取っておく」ものでもなく、自社の3年間の見通しに照らして選ぶものです。当社は申請サポート(2020年以降の補助金の採択実績800件以上)の中で、この判断のご相談を数多くいただいています。
まずは自社がいくら補助されるかを見積もりシミュレーターで確認し、150万円のラインをまたぐかどうかを見てください。「うちの受給歴だと必須要件になる?」「この賃上げ計画で大丈夫か」といった補助金のご質問は、LINEでも受け付けています。どの制度が使えるか全体を知りたい方は、補助金かんたん診断もご利用ください(当サイトでは募集中の補助金を274件掲載しています)。
参考(一次情報)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(通常枠)第1回〜第6回公募(2026年10月12日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(インボイス枠・インボイス対応類型)第1回〜第6回公募(2026年10月12日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(通常枠)第7回公募〜(2026年10月9日公開・2026年10月12日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(インボイス枠・インボイス対応類型)第7回公募〜(2026年10月9日公開・2026年10月12日確認)
- 第7次公募回以降における制度変更のお知らせ(2026年10月12日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(インボイス枠・電子取引類型)(2026年8月25日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(インボイス枠・電子取引類型)第7回公募〜:申請要件(テ)(2026年10月9日公開・2026年10月12日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 加点項目一覧(2026年10月8日更新版・2026年10月12日確認)
- 申請を行う前に必要な手続き(2026年8月25日確認)
- 事業スケジュール(2026年8月25日確認)
- デジタル化・AI導入補助金2026 公式サイト
補助金の採択実績800件以上(2020年以降)「補助金オタク」運営
導入したいITツールを選び、補助額と自己負担額の目安を確認できます。対象ツール・申請条件のご質問はLINEで受け付けています。
ITツールと自己負担額を見積もる(無料)LINEで申請サポートについて質問する補助金のご質問はLINEでも受け付けています。

