デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)の通常枠では、労働生産性を「1年後に3%以上」かつ「3年間の年平均成長率で3%以上」向上させる事業計画の策定が必須です。労働生産性とは、(営業利益+人件費+減価償却費)を会社全体の年間総労働時間で割った、1時間当たりの付加価値額です。この記事では、計画の中身・計算式・数値例・審査での見られ方と、交付決定後の効果報告までを、公募要領の原文にもとづいて整理します。

要点は次のとおりです。

  • 通常枠の必須要件は「1年後3%以上」+「年平均成長率3%以上」です。一部の過去受給者は4%以上になります。対象はIT導入補助金2023〜2025の通常枠・複数社連携IT導入枠などです(対象の一覧)。ネット上で見かける「3年後に9%」という表現は、現行の公募要領には見当たりません
  • 計算式は(営業利益+人件費+減価償却費)÷ 年間の事業者当たり総労働時間です。分母は従業員1人当たりではなく、会社全体の総労働時間です
  • インボイス枠(インボイス対応類型)には同じ規定がありません。労働生産性の計画が必要なのは通常枠で、申請額の大小を問わず全申請者が対象です
  • 計画は作って終わりではなく、効果報告の義務があります。最初の受付は2027年3月からで、事業計画期間前としてITツールの継続活用を証明するだけです。実績数値の報告は2028年4月からで、根拠となる決算書等の提出も求められます
  • 審査は「事業面・計画目標値・政策面」の3本柱です。数値そのものより、その数値をITツールのどの機能で達成するのかという一貫性が見られます

IT導入補助金2025の通常枠・複数社連携IT導入枠で交付決定を受けた事業者は、交付決定日から12カ月以内は2026年の通常枠に申請できません。該当しそうな場合は、計画を作る前に交付決定日を確認してください。枠別の判定は再申請時の対象外・12カ月制限・減点で整理しています。

制度全体の概要は制度の全体ガイド、賃上げ関連の要件は賃上げ加点と返還リスク、共同申請するIT導入支援事業者の選び方は選び方6つの視点をご覧ください。

デジタル化・AI導入補助金の労働生産性要件の記事でわかる3つのこと:通常枠で必須の「1年後3%・年平均3%」の中身、労働生産性の計算式と、3%向上に必要な数字の試算、審査で見られる点と、2031年1月まで続く効果報告
図解:デジタル化・AI導入補助金の労働生産性要件で最初に押さえたい3つのポイント

【早見表】2種類の「3年間の事業計画」(労働生産性と賃上げ)

デジタル化・AI導入補助金の「3年間の事業計画」には、労働生産性の計画と賃上げの計画という、性質の異なる2種類があります。混同すると「賃上げさえクリアすれば事業計画は終わり」と誤解しがちなので、最初に枠ごとの扱いを表で整理します。

項目通常枠インボイス枠(インボイス対応類型)
労働生産性の3年間の事業計画(本記事のテーマ)必須要件(申請額を問わず全申請者。目標値は受給歴により3%または4%)公募要領に記載なし
賃上げの3年間の事業計画条件次第で必須または加点(詳細)条件次第で必須または加点(詳細)
交付決定後の効果報告労働生産性等の実績数値+根拠書類の報告義務あり(後述)インボイス制度への対応状況とITツールの継続活用を証する書類等を報告(事業計画期間前・1年度目・3年度目。2年度目は不要)。賃上げが必須の事業者・賃上げ加点を受けた事業者は、3年間の事業計画期間後に賃上げの実施状況等も報告

労働生産性の計画と賃上げの計画は、別の条文・別の判定基準にもとづく独立した要件です。通常枠では両方を意識する必要があります。

本記事では、当社のサポート対象である通常枠とインボイス枠(インボイス対応類型)の公募要領を原文で確認しました。比較のため、セキュリティ対策推進枠・複数者連携デジタル化・AI導入枠の公募要領も確認しています(他枠との目標比較は後述)。どの枠が自社に合うかは枠の選び方をご覧ください。

労働生産性要件とは:1年後3%・年平均3%の数値目標

通常枠の労働生産性要件とは、交付申請時点の翌事業年度以降3年間の事業計画を作り、労働生産性を1年後に3%以上、年平均成長率で3%以上向上させることです。公募要領は、申請要件(ク)で次のように定めています。

労働生産性について、以下の要件を全て満たす、交付申請時点の翌事業年度以降3年間の事業計画を策定し実行すること。
一 1年後に労働生産性を3パーセント以上向上させること。ただし、(中略)交付決定を受けた事業者については、労働生産性を1年後に4パーセント以上向上させること。
二 事業計画期間において、労働生産性の年平均成長率を3パーセント以上向上させること。ただし、(中略)交付決定を受けた事業者については、労働生産性の年平均成長率を4パーセント以上向上させること。
三 労働生産性の向上の目標が実現可能かつ合理的であること。

必須要件は3つです。「1年後に3%」「3年間の年平均で3%」という2つの数値目標に加えて、「その目標が実現可能かつ合理的であること」という定性的な要件があります。この3つ目の要件があるため、数字を埋めるだけでは終わりません(詳しくは審査の章)。

7次締切(2026年12月1日)からは、2026年10月9日公開の第7回公募以降の公募要領が適用されます。申請要件(ク)に「交付申請日の属する事業年度の前事業年度を基準年度とし」という文言が加わり、計画の起点が明記されました。目標値(3%・4%)と計算式は変わりません。

「1年後3%・3年後9%」は現行の要件ではない

旧IT導入補助金の時代の解説では「1年後3%・3年後9%向上」といった表現を見かけますが、2026年10月12日時点の公募要領(第7回公募以降の版を含む)にこの規定はありません。現行要件は「1年後に3%以上」と「年平均成長率3%以上」の組み合わせです。年平均成長率で見るため、たとえば2年目に足踏みしても、3年目に取り返せば要件上は成立し得ます(審査で説明しやすいかどうかは別問題です)。古い記事を参考にすると目標値の立て方を誤るため、現行の公募要領を基準にしてください。

リピート申請では基準が4%に上がる

公募要領は、次の交付決定を過去に受けた事業者について、目標を1年後・年平均とも4%以上に引き上げています。

  • IT導入補助金2023の通常枠(A・B類型)
  • IT導入補助金2023のデジタル化基盤導入枠(複数社連携IT導入類型)
  • IT導入補助金2024の通常枠または複数社連携IT導入枠
  • IT導入補助金2025の通常枠または複数社連携IT導入枠

このうちIT導入補助金2025の通常枠・複数社連携IT導入枠で交付決定を受けた事業者(グループ構成員を含む)は、交付決定日から12カ月以内はデジタル化・AI導入補助金2026の通常枠に申請できません。4%の計画を検討する前に、交付決定日から12カ月が経過しているかを確認してください。

4%ラインの対象は、上記の枠に限られます。賃上げ目標の3.5%ラインは「2022〜2025のいずれの枠で交付決定を受けたか」で判定されます。これに対し、労働生産性の4%ラインは上記の通常枠・複数社連携IT導入枠(類型)の受給歴に限って適用されます。過去にインボイス枠系やセキュリティ対策推進枠のみで受給している場合、労働生産性の目標は3%のままです。賃上げと労働生産性では「リピート判定の対象範囲」が異なるため、自社がどちらに該当するかは公募要領の別紙1で個別に確認するのが確実です。

労働生産性の計算式:分母は会社全体の総労働時間

労働生産性は、(営業利益+人件費+減価償却費)を年間の事業者当たり総労働時間で割って計算します。公募要領は計算式を次のとおり定めています。

労働生産性 =(営業利益+人件費+減価償却費)÷ 年間の事業者当たり総労働時間

分子の「営業利益+人件費+減価償却費」は、賃上げ要件の計算でも使われる付加価値額と同じ定義です。分母は「事業者当たり」の総労働時間で、従業員1人当たりではなく、会社全体の年間総労働時間を使います。「粗利益÷(従業員数×勤務時間)」といった旧制度ベースの式で説明している情報も見かけます。現行の公募要領の式は、分子・分母とも上記のとおりです。

計算式に出てくる用語の中身は次のとおりです。

用語中身
営業利益決算書の営業利益
人件費給与・賞与等の人件費。計算式上の「人件費」の詳細な算定範囲は公募要領に明示されていないため、決算書の人件費をベースにしつつ、具体的な算定方法はIT導入支援事業者・事務局にご確認ください
減価償却費決算書の減価償却費
事業者当たり総労働時間会社全体の年間総労働時間(従業員1人当たりではない)

この式から分かるとおり、労働生産性を伸ばすルートは大きく2つです。

  • 分子(付加価値額)を増やす:ITツールを活用した売上・利益の拡大、人件費・償却費の増加
  • 分母(総労働時間)を減らす:業務効率化による残業・作業時間の圧縮

デジタル化・AI導入補助金の趣旨に照らせば、この2つの組み合わせで計画を作るのが自然です。個別の算定方法や決算書のどの数値を使うかは、交付申請前にIT導入支援事業者または事務局へ確認することをおすすめします。

数値シミュレーション:労働生産性3%向上に必要な数字

労働生産性3%向上の試算例の図解。主な項目:付加価値額6,000万円÷総労働時間20,000時間=時間当たり3,000円、1年後に3%向上させるには時間当たり3,090円以上が必要、ルートA:付加価値額を180万円増やす、ルートB:総労働時間を約583時間減らす(1人当たり月5時間弱)
図解:労働生産性3%向上の試算例で押さえたいポイント

従業員10名・付加価値額6,000万円の会社なら、労働生産性を3%上げるには、付加価値額を180万円増やすか、総労働時間を約583時間減らす必要があります。モデルケースで「3%」の中身を具体的に計算してみます。数値は当社が作成した例で、実際の計画は自社の決算数値をもとに作成してください。

モデルケース(従業員10名の会社)

  • 営業利益:1,000万円
  • 人件費:4,500万円
  • 減価償却費:500万円
  • 付加価値額(分子):6,000万円
  • 年間総労働時間:10名 × 2,000時間 = 20,000時間(分母)

この場合の労働生産性は、6,000万円 ÷ 20,000時間 = 時間当たり3,000円です。1年後に3%向上させるには、時間当たり3,090円以上にする必要があります。

達成ルート別に必要な数字

3,090円に届くまでに動かす数字を、達成ルート別に表にしました。

ルート何をどれだけ動かすか計算
A:分子を増やす付加価値額を180万円増やす(総労働時間は現状維持)6,180万円 ÷ 20,000時間 = 3,090円
B:分母を減らす総労働時間を約583時間減らす(付加価値額は現状維持)6,000万円 ÷ 19,417時間 ≒ 3,090円
C:併用付加価値額+90万円、総労働時間▲300時間6,090万円 ÷ 19,700時間 ≒ 3,091円

ルートBの583時間は、10名の会社なら1人当たり月5時間弱の削減です。「受発注の転記作業を自動化して1人1日15分短縮」といった改善で届く数字で、非現実的な目標ではありません。そのぶん審査では、「どの業務の何時間を、どのツールのどの機能で削るのか」まで分解して説明できるかが問われます(詳しくは後述)。

3年間の計画数値の例

要件は「1年後3%以上」と「年平均成長率3%以上」の両方です。モデルケースで両方を満たす計画例を示します。

時点労働生産性(円/時間)前年からの伸び
基準(申請時の直近実績)3,000―
1年後3,090+3.0%
2年後3,190+3.2%
3年後3,290+3.1%(年平均成長率 約3.1%)

当社の申請サポートの現場では、「1年目に大きく伸ばして2・3年目は横ばい」という計画は避けたほうがよいとお伝えしています。年平均成長率の要件を満たしにくくなるためです。さらに「ツール導入の効果が1年で頭打ちになる」という説明になり、継続的な生産性向上を求める審査の観点とも噛み合いません。

審査で見られる点:事業面・計画目標値・政策面の3本柱

労働生産性の計画は、数値の高さよりも、その数値をITツールのどの機能で達成するのかという一貫性が見られます。公募要領「3-3 交付申請の審査」は、審査項目を「事業面からの審査項目」「計画目標値の審査」「政策面からの審査項目」の3本柱に分けています。労働生産性の計画は2つ目の「計画目標値の審査」の対象ですが、実際には3本柱すべてとつながっています。

事業面からの審査項目

次の点が審査事項として挙げられています。

  • 自社の経営課題を理解し、経営改善に向けた具体的な問題意識を持っているか
  • 自社の状況や課題分析及び将来計画に対し改善すべきプロセスが、導入するITツールの機能により期待される導入効果とマッチしているか
  • 内部プロセスの高度化、効率化及びデータ連携による社内横断的なデータ共有・分析等を取り入れ、継続的な生産性向上と事業の成長に取り組んでいるか
  • セキュリティ対策を進めているか(2026年8月28日改訂で追加された審査事項です)

労働生産性の数値目標は、独立した項目として見られるわけではありません。なぜその数値を達成できるのかを、自社の課題と導入するITツールの機能の対応関係で説明できるかとセットで見られます。申請要件(ク)三の「実現可能かつ合理的であること」は、この審査事項と表裏一体です。

計画目標値の審査

労働生産性の向上率そのものが審査対象ですが、高ければ高いほどよいわけではありません。効果報告で実績を提出する義務がある以上(後述)、根拠なく大きな数字を掲げると、審査でも実行段階でも不利に働きます。要件ラインの3%を確実に超え、根拠を分解して説明できる水準に設定するのが、実務的な落とし所です。

政策面からの審査項目

通常枠の公募要領は、政策面の審査項目として次の観点を挙げています。

・生産性向上及び働き方改革を視野に入れ、国の推進する関連事業に取り組んでいるか
・国の推進するセキュリティサービスを選定しているか

これに加えて、賃上げへの取り組みも政策面の評価に関わります(賃上げの要件・加点の詳細は賃上げ加点と返還リスク)。労働生産性の計画を作る際は、こうした政策面の取り組み(加点項目の事前準備を含む)も並行して整えておくと、申請全体の評価につながります。加点項目の準備は、加点の準備ガイドやデジタル化・AI導入補助金の加点項目一覧も参考にしてください。

当社の申請サポートの現場でも、「とりあえず3%」と数値だけ埋めた計画は、ツールの機能と効果の説明が薄くなりがちだと感じています。その結果、事業面の審査項目全体の説得力も落としやすくなります。「どの業務の何時間を、導入するITツールのどの機能で削減し、それが労働生産性の計算式のどこに効くのか」まで言葉にできると、数値目標と事業面の両方に一貫性が生まれます。

事業計画の記述欄の書き方:4段の基本構成

交付申請の記述欄は、「自社の事業と強み」「経営課題」「ITツールの機能と課題の対応」「期待効果と数値への接続」の4段で書くと、数値目標と自然につながります。交付申請では、数値目標のほかに事業内容等を文章で記述する欄があります。書式や入力欄の仕様は変わり得るため、申請システムの画面に従ってください。当社が申請サポートで使っている記述の基本構成は、次の4段です。

  1. 自社の事業と強み:何を売っていて、どこで利益を出しているか。1〜2文で簡潔に
  2. 経営課題:数字や具体的な業務名で書く(「受注処理に月40時間かかり、繁忙期は残業が常態化」など)
  3. 導入するITツールの機能と課題の対応:「このツールの〇〇機能で、上記の△△業務を自動化する」と機能単位で紐づける
  4. 期待効果と数値への接続:削減時間・増加する付加価値を、労働生産性の計算式のどこに効くのかまで書く

ありがちな失敗は、2を飛ばして「業務を効率化したい」という抽象的な課題から始めてしまうことです。課題が抽象的だと3の機能対応も抽象的になり、4の数値が「どこから出てきた数字なのか」分からなくなります。先に課題を数字で特定し、シミュレーション(前述)の達成ルートに沿って逆算する順番で書くと、記述欄と数値目標が一本の線でつながります。

交付決定後の効果報告:いつ・何を報告するか

効果報告のスケジュールの図解。主な項目:事業計画期間前:2027年3月〜、ITツールの継続活用の証明のみ、1年度目:2028年4月〜2029年1月に実績数値を報告、3年度目:2030年4月〜2031年1月まで報告が続く、営業利益・人件費・総労働時間などの実績と決算書等を提出
図解:効果報告のスケジュールで押さえたいポイント

通常枠の労働生産性の事業計画には、交付決定後に実績を報告する義務があります。通常枠の申請要件(ケ)は、生産性向上に係る情報を事務局へ報告する義務を明記しています。計画は申請書類上の作文では終わらないため、立てる段階でこの報告まで見据えておいてください。

何を報告するのか

公募要領の原文はこう定めています。

生産性向上に係る情報(営業利益、人件費、減価償却費、事業者当たりの総労働時間、1人当たり給与支給総額(非常勤を含む全従業員)…等)を事務局に報告すること

労働生産性の計算に使った分子・分母の実績値そのものを、毎年度報告するということです。報告の際には、数値の裏付けも求められます。

生産性向上に係る数値目標の根拠となる決算書及び関係書類の提出を求める

決算書と突き合わせられる前提なので、申請時の計画値を決算書から説明できない数字で作ると、報告段階で辻褄が合わなくなります。計画段階から決算書ベースの数値で組み立ててください。

いつ報告するのか(2026年10月12日時点)

効果報告は、年度別に「対象期間」と「報告期間」が定められています。最初の受付は2027年3月から始まる「事業計画期間前」の報告で、ITツールの継続活用を証明するだけです(後述)。実績数値の報告は、1年度目の2028年4月から始まります。以後も年度ごとに報告が続き、3年度目の報告期間は2030年4月〜2031年1月までです。年度ごとの対象期間と報告期間は次のとおりです。

年度対象期間報告期間
事業計画期間前ITツール導入後〜2027年3月〜(受付スケジュールは本事業ホームページ上に順次公表)
1年度目交付申請時点の翌事業年度2028年4月〜2029年1月
2年度目・3年度目順次その翌事業年度3年度目は2030年4月〜2031年1月(各年度の詳細は公募要領の効果報告の章でご確認ください)

2026年に申請すると、事務局への報告は2031年1月まで続く計算です。補助金の入金で終わりではなく、足かけ6年の付き合いになる制度です。

なお、事業計画期間が始まる前の効果報告については、次のとおり数値報告は求められません。

事業計画期間前の効果報告においては、ITツールを継続的に活用していることを証する書類等の報告のみを求める

初回の報告からいきなり数値が要るわけではなく、まずはツールを使い続けていることの証明から始まります。裏を返せば、導入したツールを解約・放置すると、この初回の報告で引っかかります。交付決定後の手続き全体の流れは交付決定後にやることで整理しています。

目標未達の場合はどうなるか

公募要領を確認したかぎり、労働生産性の目標未達に対する明示的な返還規定は通常枠には見当たりません(賃上げ目標の未達には条件により明確な返還規定があります)。ただし、これは「未達でも何も起きないので適当でよい」という意味ではありません。

  • 目標値そのものが交付申請の審査項目のため、非現実的な数値は交付決定前の審査段階で不利に働き得ます
  • 実績値と根拠書類の報告義務は、未達かどうかにかかわらず続きます
  • 後述の複数者連携枠のように、枠によっては未達・未報告時に事業者名の公表という措置を定めている例もあります

未達時の正確な運用は年度・枠によって変わり得るため、最新の公募要領と事務局・IT導入支援事業者への確認を基本にしてください。

他の枠の労働生産性目標との比較

通常枠の「1年後3%以上+年平均成長率3%以上」は、単独申請の枠としては最も高い目標水準です。セキュリティ対策推進枠は年平均成長率1%以上、複数者連携デジタル化・AI導入枠はグループで5%以上です。2026年8月時点の各公募要領にもとづいて、枠ごとの規定を比べます。

枠計画期間労働生産性の目標未達・未報告時の主な措置
通常枠3年間1年後3%以上+年平均成長率3%以上(一部リピート受給者は4%以上)明示的な返還規定は見当たらない(報告義務あり)
インボイス枠(インボイス対応類型)―労働生産性の規定なし―
セキュリティ対策推進枠3年間年平均成長率1%以上(計算式は通常枠と同一)公募要領でご確認ください
複数者連携デジタル化・AI導入枠2年間グループで年平均成長率5%以上(2024・2025の通常枠または複数社連携IT導入枠の受給者が構成員に含まれる場合は6%以上)未達・未報告の場合、補助事業名・代表事業者名・構成員数をホームページで公表

いくつか補足します。

  • セキュリティ対策推進枠の1%には、サイバー攻撃リスクの低減に伴う売上損失の期待値減少効果を、労働生産性の効果に含めてよいという注記があります。セキュリティ投資は直接の売上増につながりにくいことを踏まえた設計です
  • 複数者連携枠の未達時の措置は、返還ではなく公表です。「補助事業名・代表事業者名・構成員数」がホームページに掲載されます。金銭的ペナルティがない代わりに、評判への影響で実行を担保する建て付けです
  • 通常枠の「1年後3%+年平均3%」は単独申請の枠として最も高い水準のため、根拠の分解と実現可能性の説明が審査の中心になります

当社の申請サポート対象は、通常枠とインボイス枠(インボイス対応類型)の2枠です。上記の比較は、通常枠の3%の位置づけをつかんでいただくためのものです。セキュリティ対策推進枠・複数者連携枠の申請要件の詳細は、各枠の公募要領をご確認ください。インボイス枠の全体像はインボイス枠の解説記事にまとめています。

事業計画の数値は誰が入力するのか

労働生産性の目標値などの事業計画値は、IT導入支援事業者が申請システムに入力します。公式サイトの手続きフローによると、交付申請の事業計画はIT導入支援事業者との共同作業で進みます。

IT導入支援事業者との間で商談を進め、交付申請の事業計画を策定します。(中略)IT導入支援事業者にて、導入するITツール情報、事業計画値を入力する。

申請者が自分でシステムに数式を打ち込む作業ではありません。ただし、入力の元になる基礎データ(直近決算の営業利益・人件費・減価償却費、年間総労働時間の目安)は、申請者側で用意しておく必要があります。商談の初期段階でこれらの数値を整理しておくと、事業計画の策定がスムーズに進みます。

申請前にやるべき4つの準備

申請前の準備は、決算数値の整理、総労働時間の把握、ツールの機能と効く場面の紐づけ、リピート区分の確認の4つです。

準備1:直近決算の数値を先に整理する

営業利益・人件費・減価償却費は決算書から拾える数値です。商談前に直近1期分を整理しておくと、IT導入支援事業者との打ち合わせが早く進みます。申請に必要な書類の全体像は必要書類チェックリストをご覧ください。

準備2:総労働時間を「報告に耐える精度」で把握する

年間総労働時間は、申請時だけでなく毎年度の効果報告でも使う数値です。勤怠システムやタイムカードの集計値があれば、それを使います。なければ概算からのスタートでも構いませんが、報告期間は2031年1月まで続きます。この機会に勤怠の集計体制を整えておくと、効果報告のたびに慌てずに済みます。当社がサポートした案件でも、申請時に総労働時間を「ざっくり感覚値」で置いてしまい、効果報告の段階で集計方法から作り直しになったケースがあります。

準備3:「ツールの機能」と「効く場面」を紐づけておく

審査では数値目標だけでなく、経営課題・改善プロセス・ツールの機能がマッチしているかが見られます。「このツールを入れると何にどう効くのか」を、業務のどの部分か(受発注、経理、在庫管理等)まで具体的に言葉にしておきます。そうすると記述欄の4段構成がそのまま埋まり、審査での説得力にもつながります。

準備4:自社がどのリピート区分に当たるか確認する

過去にIT導入補助金2023〜2025の通常枠・複数社連携IT導入枠などで交付決定を受けている場合、労働生産性の目標は4%に上がります(対象の枠は前述)。判定対象の枠は賃上げ目標とは異なるため、過去にどの枠で受給したかとあわせて確認してください。2025年の通常枠・複数社連携IT導入枠で交付決定を受けている場合は、4%の計画づくりの前に、前述のとおり交付決定日から12カ月が経過しているかの確認が先です。

よくある質問

Q. 労働生産性の目標を達成できなかったら補助金は返還になりますか?

公募要領を確認したかぎり、通常枠の労働生産性の目標未達に対する明示的な返還規定は見当たりません(賃上げ目標には条件により返還規定があります)。ただし、目標値は交付申請の審査項目であり、未達かどうかにかかわらず実績数値と根拠書類の報告義務は続きます。正確な運用は最新の公募要領と事務局・IT導入支援事業者にご確認ください。

Q. インボイス枠(インボイス対応類型)でも労働生産性の目標は必要ですか?

公募要領(インボイス枠・インボイス対応類型)を確認したかぎり、労働生産性の3年間の事業計画に関する規定は見当たりません。インボイス枠で必須・加点になるのは賃上げの事業計画のみです。ただし枠の内容は改定される場合があるため、申請前に最新の公募要領をご確認ください。

Q. 補助額が小さい申請でも労働生産性の計画は必要ですか?

はい、通常枠で申請するかぎり、申請額の大小を問わず全申請者に必須です。労働生産性の計画は申請要件(ク)として定められており、「一定額以上の申請だけが対象」という条件は付いていません(賃上げの事業計画は申請額等の条件で必須か加点かが変わりますが、労働生産性とは別の要件です)。

Q. 「1年後3%・3年後9%」と聞きましたが、正しいですか?

いいえ、2026年10月12日時点の公募要領(第7回公募以降の版を含む)に「3年後に9%」という規定はありません。要件は「1年後に3%以上」と「事業計画期間の年平均成長率3%以上」(一部リピート受給者は各4%以上)の組み合わせです。旧制度時代の情報が残っているケースがあるため、現行の公募要領を基準に計画を立ててください。

Q. 効果報告では何を提出するのですか?

営業利益・人件費・減価償却費・事業者当たり総労働時間・1人当たり給与支給総額など、労働生産性と賃上げの計算に使う実績値を年度ごとに報告します。あわせて、根拠となる決算書等の提出も求められます。1年度目の報告期間は2028年4月〜2029年1月、3年度目は2030年4月〜2031年1月までです。なお、最初の受付となる事業計画期間前の効果報告(2027年3月〜)は、ITツールを継続的に活用していることを証する書類等のみが対象です。

Q. 労働生産性の計算に使う「総労働時間」に残業時間は含みますか?

公募要領では、残業時間を含むかどうかなど、総労働時間の内訳の詳細な定義は確認できませんでした。公募要領は計算式を「(営業利益+人件費+減価償却費)÷年間の事業者当たり総労働時間」とのみ定めています。実務上の算定方法はIT導入支援事業者または事務局にご確認のうえ、自社の勤怠実態に即した数値で計画を立ててください。効果報告でも、同じ基準で集計し続けるのが安全です。

Q. 従業員を増やす予定がある場合、計画はどう作ればよいですか?

増える労働時間以上に、付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)が伸びる計画になっているかを確認してください。分母が「会社全体の総労働時間」のため、増員すると分母が大きくなり、労働生産性は下がる方向に働きます。なお増員すると人件費(分子)も増えるため、単純に不利になるわけではありません。数値の整合は、IT導入支援事業者と一緒に詰めるのが確実です。

Q. 賃上げの事業計画と労働生産性の事業計画は、どちらか一方でよいのですか?

いいえ、通常枠では別々の要件です。労働生産性の目標(1年後3〜4%・年平均3〜4%)は通常枠の全申請者が対象、賃上げの目標は申請額や受給歴によって必須か加点かが変わります。両者は別の条文・別の判定基準にもとづく、それぞれ独立した3年間の事業計画です。

Q. 労働生産性の数値は誰が申請システムに入力するのですか?

公式の手続きフロー上、事業計画値の入力はIT導入支援事業者が行います。申請者が自分でシステムに数式を打ち込む必要はありませんが、元になる決算数値と総労働時間は申請者側で用意します。当社も登録IT導入支援事業者(申請番号ITP04-0002803)として、この事業計画の策定からサポートしています。

まとめ

  • 通常枠には労働生産性の3年間の事業計画(1年後3%以上+年平均成長率3%以上、一部のリピート申請は4%)が必須です。「3年後9%」という規定は現行要領にはありません。インボイス枠(インボイス対応類型)には同じ規定が見当たりません
  • IT導入補助金2025の通常枠・複数社連携IT導入枠の交付決定を受けた事業者は、交付決定日から12カ月以内は通常枠に申請できません。計画づくりより先に確認します
  • 計算式は「(営業利益+人件費+減価償却費)÷年間の事業者当たり総労働時間」で、分母は従業員1人当たりではなく会社全体です。従業員10名・付加価値額6,000万円のモデルなら、3%向上は「付加価値+180万円」または「総労働時間▲583時間」に相当します
  • 審査は事業面・計画目標値・政策面の3本柱です。数値の高さより、課題→ツールの機能→数値への接続という一貫性が効きます
  • 計画は申請で終わらず、効果報告が続きます。最初の受付は2027年3月から(事業計画期間前=ITツール継続活用の証明のみ)で、実績数値の報告は2028年4月からです。決算書等の提出義務があり、3年度目の報告は2031年1月まで続きます
  • 他枠と比べると、通常枠の3%は単独申請の枠で最も高い水準です(セキュリティ対策推進枠は年平均1%、複数者連携枠はグループで5〜6%・未達時は公表措置)

自社がどのリピート区分に当たるか、どのツールで労働生産性が伸ばせそうかといった補助金のご質問は、LINEでも受け付けています。補助額の目安は見積もりシミュレーター(無料)で確認できます。どの制度が使えるか全体を知りたい方は、補助金かんたん診断もご利用ください(当サイトでは募集中の補助金を274件掲載しています)。

参考(一次情報)